大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和54年(ワ)3022号 判決

原告

三里塚芝山連合空港反対同盟

右代表者事務局長

北原鉱治

右訴訟代理人弁護士

葉山岳夫

遠藤憲一

長谷川幸雄

西村文茂

鳥羽田宗久

菅野泰

坂入高雄

井上正治

近藤勝

中根洋一

増田修

木村壮

田村公一

仲田信範

助川裕

森谷和馬

熊谷裕夫

近藤康二

前田裕司

北村行夫

大室俊三

被告

右代表者法務大臣

左藤恵

右指定代理人

千葉行雄

外八名

被告

千葉県

右代表者知事

沼田武

右訴訟代理人弁護士

石川泰三

大矢勝美

岡田暢雄

吉岡桂輔

国生肇

高橋省

同(吉岡代理人の復代理人)

成田康彦

同(〃)

秋葉信幸

同(岡田代理人の復代理人)

今西一男

右指定代理人

志津登美男

外六名

主文

一  被告らは、原告に対し、各自六〇万円及びこれに対する昭和五三年五月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを二〇分し、その一九を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自一一八八万五〇〇〇円及び内金一一五〇万円に対する昭和五三年五月二八日から、内金三八万五〇〇〇円に対する昭和五四年四月一五日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  仮執行免脱宣言(被告国のみ)

第二  当事者の主張

〔請求原因〕

一  当事者

原告は、新東京国際空港(以下「新空港」という。)の建設計画に反対している権利能力なき社団である。被告国は、警察法に基づき、国家公安委員会のもとに警察庁(事件当時の長官浅沼清太郎)を設置し、同庁所属の警察官及び事件当時の千葉県警本部長中村安雄は、被告国の公務員である。また、後出の千葉地方裁判所及び千葉簡易裁判所所属の各裁判官は被告国の公務員である。被告千葉県は、警察法に基づき、千葉県公安委員会のもとに、千葉県警察本部(以下「千葉県警」という。)を設置し、後出の同本部所属の警視以下の警察官は、被告千葉県の公務員である。

二  第一次鉄塔差押え

(一) 原告は、新空港建設反対運動の一環として、千葉県山武郡芝山町香山新田字横山一一五番一の土地上に鉄筋コンクリート造四階建の建造物(以下「横堀要塞」又は単に「要塞」という。)を建築し、昭和五三年二月五日、同要塞四階上部鉄骨に高さ約二〇メートル余の鉄塔を溶接し、反対運動のシンボルとした。

(二) 千葉県警の司法警察員は、横堀要塞の地上三、四階の鉄骨部分及び鉄塔部分の設置行為が、航空法五六状で準用する同法四九条一項に違反するとして、航空法違反被疑事件の捜査のため、横堀要塞及びその敷地の検証許可状及び横堀要塞の進入表面突出部分の捜索差押令状の発付を千葉地方裁判所裁判官に請求し同年同月五日、同裁判所裁判官は、横堀要塞及びその敷地を捜索すべき場所とし、差し押さえるべき物として「進入表面突出部分及びこれと一体をなす鉄塔、鉄骨部分」を含んだ捜索差押許可状並びに横堀要塞及びその敷地の検証許可状を発付し、千葉県警は、約八〇〇名の機動隊員を出動させ、右警察官らは、同月六日早朝から同月七日午後一〇時頃まで、放水車による放水、催涙ガス弾発射等の暴行を加え、横堀要塞内にいた原告の同盟員らを逮捕し、横堀要塞三、四階部分及び鉄塔を破壊し、差し押さえた。

三  第二次鉄塔差押え

(一) 原告は、昭和五三年三月二五日、横堀要塞四階上部鉄骨に高さ約一八メートルの鉄塔を再築した。

(二) 千葉県警の司法警察員は、前同様に、再築された横堀要塞の鉄塔部分の設置行為が航空法五六条で準用する同法四九条一項に違反するとして、右航空法違反被疑事件の捜査のため、横堀要塞及びその敷地の検証許可状及び横堀要塞の進入表面突出部分の捜索差押令状の発付を千葉地方裁判所裁判官に請求し、同年同月二七日、同裁判所裁判官は、横堀要塞、その付属建物及びその敷地を捜索すべき場所とし、差し押さえるべき物として「進入表面突出部分及びこれと一体をなす鉄塔、鉄骨部分」を含んだ捜索差押許可状並びに横堀要塞及びその敷地の検証許可状を発付し、千葉県警は、数千名の機動隊員を出動させ、右警察官らは、同月二七日午後一〇時五五分から同月二八日午後七時五八分まで、放水車による放水、催涙ガス弾発射等の暴行を加え、横堀要塞内にいた原告の同盟員らを逮捕し、鉄塔を破壊し、差し押さえた。

四  要塞差押え

千葉県警の司法警察員は、昭和五三年三月二五日から同月二七日にかけての原告同盟員及び支援者に対する凶器準備集合、公務執行妨害、火炎びんの使用等の処罰に関する法律違反、殺人未遂被疑事件の捜査のため、千葉簡易裁判所裁判官に横堀要塞の差押許可状の発付を請求し、昭和五三年四月六日、同裁判所裁判官は、横堀要塞の差押許可状を発付し、同月七日午後二時過ぎころから翌八日午後六時五五分ころまでの間に、機動隊員三〇〇人、私服警察官二〇人を動員して、横堀要塞内の布団・畳・食料等を搬出した後、各階にある八〇センチメートル四方の出入口をコンクリート及び鉄板で塞いだうえ、周囲に高さ約二メートルの有刺鉄線を張り巡らし、立入り禁止札を立てる等して、横堀要塞を差し押さえた。

五  本件各差押えの違法性

1 前述の各差押えは、いずれも警察庁長官浅沼清太郎、千葉県警本部長中村安雄の指揮のもとに令状請求がされ、同令状に基づくそれぞれの差押えの執行は、千葉県警本部長中村安雄の指揮のもとに行われたものであるが、以下に述べるとおり、右各差押えは違法であるから、被告国及び被告千葉県は、国家賠償法一条一項により損害賠償責任を負う。

2 第一、第二次鉄塔差押えの違法性

(一) 航空法四九条一項は、憲法二九条に違反する。

航空法四九条(五六条で新空港に準用)は、同法四〇条の告示で示された進入表面の上に出る建造物、植物等の設置、植栽を禁じており、進入表面下の土地所有者は、当該土地の空中利用権を一方的に奪われることになるが、補償規定である同法五〇条(五六条で新空港に準用)は、憲法二九条三項で要求される補償規定としては不十分であり、現実に新東京国際空港公団(以下「公団」という。)は、補償を行っていない。したがって、航空法四九条は、違憲無効な規定であり、右規定の違反名下にされた第一、第二次鉄塔差押えは、もともと犯罪とならない行為を対象にしたものであり、違法である。

(二) 航空法四〇条の告示の無効

仮に航空法四九条一項が合憲であるとしても、右規定による制限は、同法四〇条の告示が有効であることが前提要件となっているところ、同条に基づく昭和四二年一月三〇日運輸省告示第三〇号は、その前提となる新空港工事実施計画の認可自体が以下のとおり違憲無効であるから、無効であり、したがって、同法四九条一項の違反名下にされた第一、第二次鉄塔差押えは、違法である。

(1) 新空港は、その位置決定手続に際し、航空法三八条二項に基づく申請もされておらず、同法三八条一項に基づく許可も受けていない。また、同法三九条一項所定の審査もされていない。さらに、同法三九条二項所定の公聴会が開催されておらず、新空港の位置は、昭和四一年七月四日の閣議決定という行政の一方的な判断のみで決定された。このような手続は、航空法のみならず、適正手続を保障し、行政処分にもその適用がある憲法一三条、三一条にも違反する。

(2) 公団は、昭和四一年七月三〇日に成立したが、これは昭和四〇年度中の成立を定める新東京国際空港公団法(以下「公団法」という。)附則八条に違反する。

(3) 公団は、航空法五五条の三による工事実施計画の認可を受ける際、その業務開始の法定要件である公団法二四条の規定による業務方法書の認可を運輸大臣から受けていなかった。よって、右工事実施計画の認可は違法である。

(三) 仮に、航空法四九条一項の規定が合憲であるとしても、原告の横堀要塞及び鉄塔設置行為に航空法四九条一項、一五〇条二号を適用したのは、以下のとおり違法である。

(1) 航空法四〇条に基づく運輸省告示第三〇号は、新空港の供用開始予定期日を昭和四九年四月一日と定めているが、供用開始しないまま右時期を徒過したにもかかわらず、新たに供用開始予定期日を定めなかったため、原告は、同法四九条一項但書の適用を受ける機会を奪われた。よって、このような違法がある場合には、航空法四九条一項、一五〇条二号の発動の余地はない。

(2) 航空法四九条一項、一五〇条二号は、具体的危険犯と解すべきであるが、横堀要塞、鉄塔が建築された昭和五三年二月の時点においては、それが進入表面を超えるとされる新空港B滑走路及びこれに対応する諸施設については、供用開始期日についての目途すらたっていない状態であったのであり、横堀要塞、鉄塔の建築が航空機の飛行の安全を何ら害するものではなかったから、法益侵害の具体的危険性がなかった。仮に抽象的危険犯であるとしても、抽象的危険性も存在しなかった。

(四) 原告の鉄塔等設置行為が航空法四九条一項に該当するとしても、第一、第二次差押えは、以下のとおり、違法である。

(1) 本件各差押えは、犯罪捜査、証拠保全に名をかり、新空港建設反対運動を封殺することを企図して行われたものであり、捜査権の濫用として違法である。

(2) 第一、第二次鉄塔差押えには、犯罪の軽重、差押物の証拠としての価値、重要性、差押物が湮滅毀損されるおそれの有無、差押えによって受ける原告の不利益の程度、その他諸般の事情に照らして、明らかに差押えの必要性は存在せず、憲法三五条、刑訴法二一八条一項に違反する。すなわち、①航空法四九条一項、一五〇条二号の犯罪の法定刑は、五万円以下の罰金という極めて軽微なものである。② 航空法四九条一項違反の立証のためには、差押物たる鉄塔等が、障害物件として現場に存在したうえでの全体的配置状況が重要なのであるから、現場と切断・分離された形での差押物そのものは、証拠としての重要性、価値は希薄である。③ 本件各差押物は、堅牢な要塞及びその上部の鉄塔であり、それ自体、一般の動産に比較して、破壊、隠匿等その存在・形状に変更を加えることは、動産に比し、困難である。④原告は、差押物件の構築にあたり多額の費用を必要としたし、新空港建設反対運動のシンボルとして原告の同盟員の心の支え、あるいは広報活動の手段・場所として、法令の許す範囲内で有用性を持っているものであり、差押えにより原告の被った不利益は大きい。⑤ 航空法四九条一項の被疑事実の立証のためには、実況見分、検証の手続きで十分であり、特に、差押えの発端となった公団の告発状には、鉄塔の高さ等を詳細に測量した資料、写真等が添付されており、捜査機関がこれを追体験することは容易であった。⑥本件各差押物は、それ自体巨大な要塞及び鉄塔であり、公訴提起後、法廷に顕出して証拠調べを行うことは困難であり、実際に公訴提起を受けた者の刑事公判廷に顕出されたことはなかった。

(3) 差押執行方法が違法である。すなわち、① 差押えは、証拠保全の目的でされるものであるから、一個の建造物の一部の差押えは許されないというべきであるところ、本件各差押えは、要塞本体とその一部をなす鉄塔の内、進入表面を超える一部分のみを要塞本体から破壊して持ち去ったのであり、執行方法が違法である。② 航空法四九条一項違反事実の証拠保全の目的は、鉄塔等を現場に現存させてこそ、その目的を達するのに、本件各差押えでは、差押対象物を破壊して持ち去っており、原状回復は不可能で、右の証拠保全目的と矛盾し、執行方法が違法である。

3 要塞差押えの違法性

(一) 要塞差押えも、第一、第二次鉄塔差押えと同様、犯罪捜査、証拠保全に名をかり、新空港の建設反対運動を封殺することを企図して行われたものであり、捜査権の濫用として違法である。

(二) 要塞差押えは、以下のとおり、明らかに差押えの必要性は存在せず、憲法三五条、刑訴法二一八条一項に違反する。すなわち、① 横堀要塞は、可動性を持たない不動産であって、直接公判に顕出することはできないから、証拠保全のためには、検証、実況見分をしておけば足りる。② 横堀要塞は、単なる犯行現場であるにすぎず、右犯行を立証する現認者、写真、凶器などの証拠物件が多数存在し、右建物本体の証拠としての価値、重要性は少ない。③ 横堀要塞は、極めて堅牢なコンクリートの建築物であって、その移動、同一性を失わせるような湮滅・毀損のおそれはない。④ 横堀要塞本体が差し押さえられることにより原告の被った不利益は、先述した第一、第二次鉄塔差押えにより原告の被った不利益よりその程度は一層大きい。

(三) 差押執行方法が違法である。すなわち、横堀要塞の差押えは、立会権者たる原告の同盟員を機動隊によって暴力的に排除してされたものであるから、違法である。

六  裁判官の令状発付の違法性

千葉地方裁判所及び千葉簡易裁判所の裁判官の本件各差押令状発付行為は、いずれも、捜査機関による捜査権限の逸脱に対する司法的抑制という裁判官としての任務を怠り、横堀要塞の使用禁止による新空港建設反対運動の封殺という治安目的に与して行われたものであり、違法である。仮に右のような意図がなかったとしても、右裁判官は、令状発付請求の際に捜査機関から提出された横堀要塞の建築過程、鉄塔の建築状況等に関する写真撮影報告書等の疎明資料により、横堀要塞、鉄塔の差押の必要性が存在しないことを容易に知り得たのに、令状発付請求を却下することなく、漫然とこれを発付した行為には過失がある。

七  損害

横堀要塞及び鉄塔は、新空港建設に反対する全国の多数の人々が原告に資金、労力のカンパをすることにより建設されたもので、材料費・工賃を含めると、総工費数千万円に達したものであり、新空港建設反対運動のシンボル、運動員の心の支え、広報活動の手段、集会所としての有用性を有していたが、被告らの破壊行為により、原告は、精神的及び物質的に損害を被った。そこで、原告は、第一次、第二次鉄塔差押えにつき財産的損害及び精神的損害を合わせて一〇〇〇万円、要塞差押えにつき同様に三五万円を請求し、弁護士費用として右一〇〇〇万円については一割五分に相当する一五〇万円、右三五万円については一割に相当する三万五〇〇〇円を請求する。

八  よって、原告は、被告らのそれぞれに対し、国家賠償法一条一項に基づき、右の損害合計一一八八万五〇〇〇円の支払い、及び内金一一五〇万円に対する不法行為日の後である昭和五三年五月二八日から、内金三八万五〇〇〇円に対する不法行為日の後である昭和五四年四月一五日から各支払済みまでそれぞれ民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

〔請求原因に対する認否及び被告らの反論〕

一  請求原因一(当事者)の事実中、原告が権利能力なき社団であるとの点は不知。その余は認める。

二  (一) 請求原因二(第一次鉄塔差押え)(一)の事実は認める。

(二) 請求原因二(二)の事実は認める。

三  (一) 請求原因三(第二次鉄塔差押え)(一)の事実は認める。

(二) 請求原因三(二)の事実は認める。

四  請求原因四(要塞差押え)の事実は認める。

五1  請求原因五(本件各差押えの違法性)1の事実中、本件各差押えに際しての令状請求及び令状の執行が千葉県警本部長中村安雄の指揮のもとに行われたことは認めるが、その余は争う。

2(一)  請求原因五2(第一、第二次鉄塔差押えの違法性)(一)(航空法四九条一項の憲法二九条違反)は争う。航空法四九条一項は、公用収用を定めた規定ではなく、また、空中利用権なる概念は判例・学説上確立されていない。さらに、航空法四九条一項は、公共用飛行場における航空機の航行の安全を確保するために、所有者等が、その支配する財産に関し、それに起因する公共の安全に対する侵害を防止する責務を果たすについて当然に受忍すべき制限を定めたものであって、特定の人に対し特別に財産上の犠牲を強いるものではないから、右規制は憲法上補償を要する規制には当たらない。

(二)  請求原因五2(二)(航空法四〇条の告示の無効)につき、航空法四九条一項による制限が同法四〇条の告示が有効であることが前提要件となっていることは認める。

(1) 請求原因五2(二)(1)の事実につき、新空港の位置決定にあたり、航空法三八条の手続きを履践していないことは認めるが、昭和四一年七月七日、公団法が全面施行となり、同法附則一〇条が発効したことに伴い、航空法の一部が改正され、航空法三八条一項中「運輸大臣以外の者」が「運輸大臣及び新東京国際空港公団以外の者」と改められた結果、公団については航空法三八条の適用を受けないこととなったのであり、何ら違法はない。なお、公団は、右航空法の改正で追加された同法五五条の三第一項により、新空港の設置にあたっては、公団法二一条の基本計画に基づいて工事実施計画を作成し、運輸大臣の認可を要することとなり、この認可手続については航空法三九条一項(同項三、四号を除く。)の審査並びに同条二項の公聴会に関する規定が準用される(同法五五条の三第二項)ところ、公団は、右規定に従って、昭和四一年一二月一三日、運輸大臣に対し新空港の工事実施計画の認可を申請し、同大臣は、昭和四二年一月一〇日航空法三九条二項所定の公聴会を千葉県庁において開催した結果、昭和四二年一月二三日右申請を認可した。以上のとおり、新空港の位置決定手続に瑕疵はない。また、昭和四一年七月四日の閣議決定は、政府の行政指針を明らかにしたものにすぎず、閣議決定自体は行政処分ではない。

(2) 請求原因五2(二)(2)の事実のうち、公団が昭和四〇年度中に成立しなかった事実は認めるが、公団法附則八条の規定は、公団の事業年度の期間を定めた公団法二五条の規定に関する経過措置として、単に最初の事業年度の期間を明確にする趣旨の確認的な技術的規定であり、公団の設立を昭和四一年三月三一日以前に行うべきことを義務づけた規定ではないから、公団の設立に違法はない。

(3) 請求原因五2(二)(3)の事実のうち、公団が工事実施計画の認可を受けた際、業務方法書の認可を運輸大臣から受けていなかった事実は認めるが、公団法二四条一項が業務方法書の作成を義務づけている趣旨は、公団法二〇条に基づいて公団の業務と定められた事項のうちの主たるものについて、業務遂行の基本方式・手段・手順等をあらかじめ決めさせ、それを運輸大臣の認可に係らしめることによって、公団の業務が円滑・適正に行われるようにしようとするものであり、したがって、業務方法書は、公団の事実行為についてのいわば内部の規律というべきものであるから、右工事実施計画の認可の時点において、業務方法書が作成されていなかったからといって、右工事実施計画認可の効力には消長を来さない。

(三)(1)  請求原因五2(三)(1)の事実のうち、運輸省告示第三〇号で定められた供用開始予定期日である昭和四九年四月一日までに新空港の供用が開始されなかった事実及び新たに供用開始予定期日を定めなかった事実は認めるが、原告が航空法四九条一項但書後段の適用を受ける機会を奪われたとの点は争う。同法一項但書後段の規定は、いったん供用開始予定期日の告示があれば、右期日以降は適用の余地がない。

(2) 請求原因五2(三)(2)は争う。航空法四九条一項、一五〇条二号の罪は、抽象的危険犯であり、横堀要塞、鉄塔の建設が形式的に同法四九条に該当する以上、抽象的危険は存在する。

(四)(1)  請求原因五2(四)(1)は否認し、争う。

(2) 請求原因五2(四)(2)はいずれも否認ないし争う。第一、第二次差押えは、その対象物たる鉄塔、要塞本体上部部分が犯罪組成物件として証拠物あるいは没収すべきものに該当することは明らかであり、以下のとおり明らかに必要性がないと認められる場合には該当しない。すなわち、① 航空法四九条一項違反は、航空機の飛行の安全を害する重大な犯罪であり、原告は、航空機の飛行妨害を目的として本件鉄塔等を建設したものであって、その犯行態様は悪質である。② 鉄塔等の存在・形状・状態そのものが事実認定及び量刑に及ぼす影響は極めて大きく、重要な証拠価値を有し、裁判所が直接感得することの必要性は大きい。③ 原告の同盟員による鉄塔等の毀損・加工による現状変更の蓋然性は高度であった。④ 鉄塔とその一体をなす要塞本体は、犯罪の実行の用に供するものとして使用されることが明らかであり、関係法令を無視して構築された不法建造物であり、第一次、第二次差押えによって原告の受ける不利益は、犯罪の一大拠点を喪失したということ以外にはない。

(3) 請求原因五2(四)(3)は争う。第一次、第二次差押令状には、差し押さえるべき物として「進入表面突出部分およびこれと一体をなす鉄塔、鉄骨部分」と記載されており、もともと物の一部分のみを差押えの対象としていた。そして、差押えの具体的執行方法については、捜査機関の合理的な裁量判断に委ねられているところ、鉄塔部分を要塞本体に存置したまま差し押さえる方法によったのでは、差押えを無視しての現況の人為的改変のおそれがあり、また、看守者を配置する方法も、要塞本体が反対運動の拠点となっていたことからして、多くの混乱を生ずるおそれがあった。さらに、具体的な取り外しの方法も、第一次差押えでは、進入表面を超える建物部分の鉄骨は、二階部分の鉄骨とボルト締めでつなぎ合わされただけで、その取り外しも比較的容易であったので、ボルトを抜きとって取り外し、鉄塔については四階部分上の鉄骨に溶接されていたが、そのままの状態では搬出が困難であったため、溶接部分から分離して差し押さえたものである。また、第二次差押えでは、それ自体では進入表面を超えない要塞本体の屋上に鉄塔が固定されており、しかも、要塞屋上には当時約二〇センチメートル位の深さで水が溜まり、鉄塔の基根部分が水中に没していたため、右基根部分の状況が判然とせず、右溜水の速やかな排出も困難であったため、その水上に出ているところから、溶断分離して差し押さえたものである。以上のとおり、第一次、第二次差押えの執行方法は、当時の状況に照らして相当であり、違法ではない。

3(一)  請求原因五3(一)は否認し、争う。

(二)  請求原因五3(二)はいずれも否認ないし争う。要塞差押えは、その対象物たる要塞本体が、被疑事実である凶器準備集合、火炎びんの使用等の処罰に関する法律違反、公務執行妨害、殺人未遂等の犯罪供用物件として証拠物あるいは没収すべきものに該当することは明らかであり、以下のとおり明らかに必要性がないと認められる場合には該当しない。すなわち、① 凶器準備集合、火炎びんの使用等の処罰に関する法律違反、公務執行妨害、殺人未遂等の犯罪事実は、いずれも極めて凶暴かつ悪質な態様の犯行である。②横堀要塞は、当初から本件凶悪犯行の舞台とする目的のもとに構築されており、その要塞の存在・形状・内容・状態そのものが被疑者らの犯意、共謀関係の事実認定及び量刑に及ぼす影響は極めて大きく、直接的かつ重要な証拠価値を有し、裁判所が直接検証し、感得する必要性は高い。逮捕された被疑者らの大部分が黙秘している現状では、本件犯行の立証のためには、横堀要塞の実況見分ないし検証を行って調書の記載をし、あるいは現場現認者の供述や写真によるだけでは不十分である。③ 横堀要塞を差し押さえて保全することなく放置した場合、原告の同盟員による要塞本体の毀損・加工による現状変更の蓋然性は高度であった。④ 横堀要塞は、その構造からして住居、事務所及び集会場等に使用されるものとは到底考えられないうえ、前述のとおり、そもそも犯罪の実行の用に供する目的のみのものに構築され、現実に凶器の製造所及び貯蔵庫として使用され、今後とも犯罪の実行の用に供するものとして使用されることが明らかな関係法令を無視した不法建造物であり、その差押えによって原告の被る不利益は、犯罪の一大拠点を喪失したということ以外にはない。

(三)  請求原因五3(三)は争う。

六  請求原因六は争う。裁判官の職務行為につき国家賠償法一条一項が適用されるためには、裁判官が違法又は不当な目的をもって裁判をしたなど、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認め得るような特別の事情があることが必要であるというべきであるが、本件で令状を発付した裁判官にはいずれも右のような事実は認められない。

七  請求原因七の事実は否認ないし争う。前述したように、本件で差押えの対象となった鉄塔、要塞はいずれも財産的価値はない。

第三  証拠〈省略〉

理由

第一原告の当事者能力の有無

原告が権利能力なき社団として当事者能力を有するか否かにつき検討するに、権利能力なき社団というためには、団体としての組織を備え、多数決の原理が行われ、構成員の変更にもかかわらず団体が存続し、その組織において代表の方法、総会の運営、財産の管理等、団体としての主要な点が確定していることを要する(最高裁昭和三五年(オ)第一〇二九号同三九年一〇月一五日第一小法廷判決・民集一八巻八号一六七一頁)ところ、〈証拠〉並びに弁論の全趣旨によれば、次の①ないし⑤の事実が認められる。

①  原告は、新空港の空港予定地の三里塚反対同盟と騒音地区の芝山反対同盟とが昭和四一年七月に合同して結成した団体であり、結成当時の同盟員(構成員)は、およそ戸数にして三〇〇ないし四〇〇、人数にして一〇〇〇人であったが、後に土地の売却問題等での路線対立が生じて、熱田派、小川派が分離・脱退し、現在ではおよそ二〇部落、一〇〇戸から構成されている。

②  右結成の大会において、委員長(代表機関)、副委員長、事務局長職等が設置され、戸村一作が委員長に、北原鉱治が事務局長に就任したが、後に後述する実行役員会で事務局長職が代表機関となり、右北原の代表権が確認された。

③  原告には、明文の規約は存在しないものの、最高決議機関として、各部落からの実行委員と本部役員とで構成される実行委員会が存在し、少なくとも月に一回は開催され、定足数過半数、賛同者過半数で組織の基本方針が決定される。また、すべての同盟員が参加することのできる拡大実行委員会も存在する。

④  事務の執行機関としては、事務局長、事務局次長、事務局員等から構成される事務局会議があり、その他に少年行動隊、青年行動隊、主婦行動隊、老人行動隊が存在する。

⑤  財政については、原告は、各同盟員から月額二〇〇〇円の会費を徴収し、実行役員会で選任された会計係がその運用を担当し、また、団結小屋・砦等の施設を原告の財産として各所に所有し、事務局長がその管理責任者となっている。

以上の①ないし⑤の事実によれば、原告は、団体として、前述した権利能力なき社団としての要件に欠けるところはなく、当事者能力を有するというべきである。

第二本件各差押えの違法性

一請求原因一(当事者)の事実のうち、原告が権利能力なき社団であることは第一で認定したとおりであり、その余の事実は当事者間に争いがなく、同二(第一次鉄塔差押え)、同三(第二次鉄塔差押え)、同四(要塞差押え)の事実も、また、当事者間に争いがない。

二本件各差押えの違法性

1  差押えの令状請求及び執行指揮者

請求原因五1の事実のうち、本件各差押えについての令状請求及び執行が国家公務員である千葉県警本部長中村安雄等の指揮のもとに行われたことは当事者間に争いがなく、また、〈証拠〉によれば、右の指揮のもとに、被告千葉県の公務員である高梨久武等によって、現実の令状請求及び執行が行われたことを認めることができる。なお、警察庁長官浅沼清太郎もまた右各令状請求等を指揮したとの原告の主張については、これを認めるに足りる証拠はない。

2  第一次、第二次鉄塔差押えの違法性

(一) 請求原因五2(一)(航空法四九条一項の違憲性)について

航空法五六条によって新空港に準用される同法四九条一項の規定は、公共の用に供する飛行場については、それが公益性の高い施設であることに鑑み、航空機の航行の障害となるような建造物等の設置を禁止したものであり、高度な公共の利益実現のために、飛行場周辺の土地の所有者等に対し、一般的に、一定の範囲で限定的にその利用を制限したにとどまり、特定の者に対し、特別の犠牲を強いるものではなく、憲法上損失補償を要する場合に該当しないというべきであり、同法五〇条の定める補償規定の内容をいかなるものにするかは、立法政策の問題とされるから、航空法四九条一項の規定が憲法二九条に違反するとの原告の主張は失当である。

(二) 請求原因五2(二)(航空法四〇条の告示の無効)について

航空法四九条一項による制限は、同法四〇条による公共用の飛行場の告示が有効であることが前提要件であり、右告示の有効性は、その前提となる新空港の工事実施計画の許認可手続の適法性如何にかかわるから、以下、原告主張の右手続についての違法事由に対し検討を加える。

(1) 請求原因五2(1)記載の違法事由(航空法三八条等違反)の有無

新空港の位置決定にあたり航空法三八条所定の手続がとられなかった事実は当事者間に争いがないが、公団法(昭和四〇年六月二日公布、同四一年七月七日全面施行)附則一〇条により、航空法が一部改正された結果、公団は、航空法三八条の適用を受けなくなったので、同法三八条所定の手続不経由の違法をいう原告の主張は、その前提を欠き、失当である。

右の改正により追加された同法五五条の三第一項により、新空港の設置にあたっては、公団法二一条の基本計画に基づいて工事実施計画を作成し、運輸大臣の認可を受けることを要することとなり、右認可手続には航空法三九条一項の審査(三、四号を除く。)及び同条二項の公聴会に関する規定が準用される(公団法五五条の三第二項)ところ、弁論の全趣旨によれば、公団は、右規定に従って、昭和四一年一二月一三日、運輸大臣に対し新空港の工事実施計画の認可を申請し、同大臣は、昭和四二年一月一〇日航空法三九条二項所定の公聴会を千葉県庁において開催した結果、昭和四二年一月二三日右申請を認可した事実が認められ、新空港の位置決定手続に所論の瑕疵はなく、右手続に瑕疵のあることをいう原告の主張は失当である。なお、昭和四一年七月四日に新空港の位置を千葉県成田市三里塚町周辺とする旨の閣議決定がされたことは当事者間に争いがないが、閣議決定それ自体は行政処分ではなく、政府の行政指針を明らかにしたものにすぎず、その後、右のとおり航空法所定の手続を経て適法に新空港の位置決定がされたというべきであるから、この点の原告の主張も失当である。

(2) 請求原因五2(二)(2)記載の違法事由(公団法附則八条違反)の有無

公団が昭和四一年七月三〇日に成立したことは当事者間に争いがなく、公団法附則八条によれば、公団の最初の事業年度の終了日は昭和四一年三月三一日と定められているが、右附則八条の規定は、公団の事業年度の期間を定めた公団法二五条の規定に関する経過措置として、単に最初の事業年度の期間を明確にする趣旨の確認的な技術的規定であり、公団の設立を昭和四一年三月三一日以前に行うべきことを義務づけた規定ではないことは明らかであるから、公団の設立に違法はなく、原告のこの点の主張は失当である。

(3) 請求原因五2(二)(3)記載の違法事由(公団法二八条違反)の有無

公団が工事実施計画の認可を受けた際、業務方法書の認可を運輸大臣から受けていなかった事実は当事者間に争いがないが、公団法二四条一項は、公団法施行規則二条に定められた公団の業務のうちの主たるものについて業務遂行の基本方式等を記載した業務方法書を提出させ、それを運輸大臣の認可に係らしめることによって公団の業務が円滑・適正に行われるようにしようとする趣旨のものであり、したがって、業務方法書の提出・認可は、公団の事実行為についての内部規律というべきものであり、工事の実施計画認可のための法定の要件ではないと考えられるから、工事実施計画認可の際に業務方法書の提出・認可がなくても、それだけでは、右工事実施計画認可の効力の有無や適法性には影響がないというべきであり、原告のこの点の主張は失当である。

(三) 請求原因五2(三)(航空法四九条一項及び一五〇条二号の適用違法)について

(1) 請求原因五2(三)(1)記載の違法事由(供用開始予定期日の徒過)の有無

航空法四九条一項に基づく運輸省告示第三〇号で定められた供用開始予定期日である昭和四九年四月一日までに新空港の供用が開始されなかった事実及び新たに供用開始予定期日が定められなかった事実は当事者間に争いがないが、同法四九条一項但書が、右供用開始予定期日前に除去される物件について同法の適用除外としているのは、告示で示された進入表面、転移表面、水平表面の上に出る高さの建造物は、航空機の航行の安全に支障を来すため、原則的にその設置が禁じられるものの、当初の供用開始予定期日前に除去される物件については、例外的にその設置を許し、財産権と公共の利益の調和を図っているものであり、現実の供用開始まで当初物件の設置を許した規定ではなく、したがって、仮に当初の供用開始予定期日に現実の供用がなされなかったとしても、右供用開始予定期日を新たに定めることは必要ではなく、一旦供用開始予定期日の告示があれば、右期日以降は、同法四九条一項但書はその適用の余地はないというべきであり、原告の主張は失当である。

(2) 請求原因五2(三)(2)記載の違法事由(危険性の不存在)の有無

航空法四九条一項、一五〇条二号の規定は、航空機は、その性能上、離陸又は着陸のために水平面に対し勾配を有する平面を必要とし、また、飛行場の周辺において飛行する空域を必要とすることから、航空機の航行の安全のため、告示で示された進入表面、転移表面、水平表面の上に出る高さの建造物等の設置を禁じ、右違反に対して罰則を設けたもののである。そして、右規定の趣旨及びその文言からすれば、一定の空域に出る建造物等の設置行為それ自体が、航空機の航行の安全に対する抽象的危険を含む行為として規定されており、いわゆる抽象的危険犯に該当することが明らかである。そして、たとえ飛行場の現実の供用開始の目処がたたない状況にあるとしても、いったん供用開始予定期日の告示があり、将来的に飛行場として使用される可能性がある以上、右にいう抽象的危険は存在するというべきであるから、原告の主張は失当である。

(四) 請求原因五2(四)(その他の違法事由)について

(1) 請求原因五2(四)(1)記載の違法事由(捜査権限の濫用)の有無

本件各差押えが捜査権の濫用であるとして原告の主張する請求原因五2(四)(1)の事実は、これを認めるに足る証拠はない。

(2) 請求原因五2(四)(2)記載の違法事由(差押えの必要性欠如)の有無

捜査上の差押えは、発展的、流動的で迅速性を要求される捜査過程において、捜査官が主体となって行うものであるから、その必要性の存否によって刑事手続上違法といえるか否かの判断は、第一次的には捜査官に委ねられており、その判断基準は、差押え物が証拠物又は没収すべき物と思料される場合であっても、犯罪の態様・軽重、差押物の証拠としての価値・重要性、差押物が湮滅・毀損されるおそれの有無、差押えによって受ける被差押者の不利益の程度その他諸般の事情に照らし、明らかに差押えの必要がないと認められるか否かによるべきであるとされており(最高裁判所昭和四三年(し)第一〇〇号同四四年三月一八日第三小法廷決定・刑集二三巻三号一五三頁)、右の法理は、国家賠償法一条一項の適用上当該差押えがその必要性の存否によって違法といえるか否かの判断基準にも、程度の問題はあるにしても、基本的には妥当するものというべきである。そこで、本件第一次、第二次鉄塔差押えに明らかに差押えの必要性がないと認められるか否かにつき検討する。

前述した争いのない事実〈証拠〉並びに弁論の全趣旨を総合すると、次のとおり認定判断することができる。

① 航空法四九条一項、一五〇条二号所定の罪は、その法定刑は五万円以下の罰金と比較的軽いものの、公益性の高い航空機の航行の安全に支障を招来する点で、その法益保護の必要性の高い罪であるということができる。しかるところ、原告は、その構築する鉄塔等が航空法に違反することを熟知しながら、公団の除去命令を無視し、あえて新空港の建設反対運動の一環として、右違法行為を行った事実が認められ、その犯行態様は悪質であるというべきである。

② 昭和五三年二月五日に原告の同盟員らが構築した横堀要塞三、四階部分及び鉄塔部分は、四階最上部で標高約53.15メートルで、進入部分から約1.5メートル突出し、鉄塔最上部で標高約73.51メートルで、進入表面から約21.8メートル突出しており、また、同年三月二五日に再構築した鉄塔は、最上部で標高約68.94メートルで、進入表面から約17.3メートル突出していた事実が認められる。このような場合、右鉄塔部分等が犯罪組成物件として没収の対象となることは明らかであり、証拠物としても、その存在・形状・状態そのものが事実認定及び量刑に及ぼす影響は大きく、重大な証拠価値を有し、裁判所が直接感得する必要性が小さかったということはできない。

③ 右認定の鉄塔等の構造(この時点における要塞本体の三、四階部分は、鉄骨をボルトで固定しただけの構造であった。)及びその再構築された経緯に鑑みれば、右鉄塔等を差し押さえずに放置した場合、原告の同盟員等による毀損・加工による現状変更の蓋然性は高度であったと推察され、この点からも差押えの必要性は肯定される。

④ 鉄塔とその一体をなす要塞部分は、前述したように航空法を無視して構築された違法建築物であり、後に認定するように、原告の新空港の建設反対運動のシンボル等としての意味を有する面があるにしても、差押えによって原告の被る不利益として法的に保護されるべきものは、決して大きなものということはできない。

以上の認定判断によれば、第一次、第二次鉄塔差押えは、明らかにその必要性が認められない場合には該当しないといわざるを得ない。

(3) 請求原因五2(四)(3)記載の違法事由(差押え執行方法の違法)の有無

争いのない事実、〈証拠〉並びに弁論の全趣旨によれば、第一次鉄塔差押えに際し、千葉県警の警察官らは、クレーン車二台(二〇トン、三五トン)と土木工事作業員二七名を使って、鉄塔の根本九か所を酸素で溶断し、吊り上げ、地面に倒して差し押さえ、同じく二〇トンクレーン車一台と土木工事作業員二七名を使って、要塞本体の三、四階部分のH鋼鉄骨柱九本、H鋼鉄骨梁二四本を接続部分のボルト及びナットを外して解体して吊り上げ、地面に降ろして差し押さえた事実、第二次鉄塔差押えに際しても、同様に鉄塔の四本の支柱の根本部分を溶断し、大型クレーン車で吊り上げて、地面に降ろしてこれを差し押さえた事実が認められる。

そこで、右差押えの執行方法の適法性につき検討するに、差押令状の執行に際しては、執行者において必要な強制処分をすることができる(刑訴法一一一条)が、財産権保障の観点から、右強制力の行使の方法は無制限のものではなく、その処分の目的を達するために必要最小限度に限られると解すべきであるところ、前述したとおり、本件鉄塔等の差押えの必要性が認められる主たる根拠は、鉄塔等の存在・形状・状態そのものが、重要な証拠物として、事実認定及び量刑に及ぼす影響が大きく、裁判所が直接感得する必要性があるという点にある。そうであれば、右のとおり、鉄塔等を要塞本体から破壊・分離して差し押さえた執行方法は、その原状回復が困難と考えられる点からしても、証拠保全の目的からすれば、明らかに矛盾する行為であるといわざるを得ず、差押令状執行のための必要な強制処分であるということはできない。

この点につき、被告らは、鉄塔部分を要塞本体に存置したまま差し押さえる方法によったのでは、現況の人為的改変のおそれがあり、また、看守者を配置する方法も、要塞本体が反対運動の拠点となっていたことからして、多くの混乱を生ずるおそれがあったと主張するが、後に認定するように、要塞本体の差押えの際には、通路・出入口を遮断する等の現状保存的方法が現にとられたのであるから、鉄塔等の差押えの際も、差押えの対象が要塞全体とその一部という違いはあるものの、右のような必要最小限度の方法も取り得たと考えられる。

以上のとおり、第一次、第二次鉄塔差押えは、いずれもその執行方法が違法というべきであり、右差押えの執行を行った千葉県警の警察官ら及び右執行を指揮した国家公務員である千葉県警本部長の不法行為に基づき、被告国及び被告千葉県は、国家賠償法一条一項に基づく責任を負うものというべきである。

3  要塞差押えの違法性

(一) 請求原因五3(一)記載の違法事由(捜査権限濫用)の有無

原告が捜査権の濫用として主張する請求原因五3(一)の事実は、これを認めるに足りる証拠はない。

(二) 請求原因五3(二)記載の違法事由(差押えの必要性欠如)の有無

前述した争いのない事実、〈証拠〉並びに弁論の全趣旨から総合すると、次のとおり認定判断することができる。

① 要塞本体差押えの被疑事実は、昭和五三年三月二五日から同月二七日ころにかけて行われた要塞本体及びその敷地の捜索差押令状の執行に際して、原告の同盟員らが凶器準備集合、公務執行妨害、火炎びんの使用等の処罰に関する法律違反及び殺人未遂との犯罪を犯したというものであることが認められ、犯罪類型として重大なものを含むというべきであり、また、その具体的な犯行態様についても、捜索差押えの執行中の警察官に対し、要塞の屋上あるいは鉄塔上から、大型パチンコを用いて鉄製矢を発射し、洋弓を用いて矢を射かけ、小型パチンコを用いて金属性パチンコ玉や鉄筋の片などを発射し、多数の石塊・火炎びんを投げつける等の行為に及んだというものであることが認められ、犯情として極めて凶暴かつ悪質なものというべきである。

② 要塞本体は、右①認定の犯行態様からすると、右犯行と有機的に一体化していて切り離し得ないものであり、右犯行の犯罪供用物件として代替性のない重要な証拠価値を有しているところ、被疑者らの大部分がいずれも捜査段階で右犯行について否認ないし黙秘していたことが認められることに鑑みると、要塞の存在・形状・状態そのものが、被疑者らの共謀関係、実行行為の分担等の事実認定及び量刑に及ぼす影響は大きく、裁判所が直接感得する必要性があったことを完全に否定することはできない。

③ 要塞本体は、昭和五二年一二月二四日から昭和五三年二月四日にかけて、その地下一階、地上一、二階部分が構築され、同年二月四日夕刻から翌五日の早朝にかけて三、四階部分が増築され、第一次鉄塔差押えの後であっても、昭和五三年二月一一日ころから同年三月二〇日にかけて再び三階部分が増築された経緯があり、また、その構造も、増築後は、全体が鉄筋コンクリートで固められてはいるものの、窓は全くなく、出入口が屋上に一か所あるだけで外階段もなく、内部的にも鉄骨や鉄筋が露出し、配管等の付帯設備もない等、工事施工の精度がかなり低かったことが認められ、要塞本体を差し押さえずに放置した場合、原告の同盟員等による加工・毀損による現状変更の可能性があったといわざるを得ない。

④ 要塞本体は、原告の新空港建設反対運動の活動上の事務所や宿舎として使用されていたとはいえ、通常の平穏な目的に使用される事務所や宿舎とは異なり、その構造及び内部の状況からすれば、警察官らの捜索・検証手続等を前述した凶暴かつ悪質な手段で実力排除すること及びその準備を主たる目的として構築されたものと認められるのであって、このような不法目的で構築された建造物の価値を、私生活が平穏に行われている通常の事務所や宿舎と同視することは相当ではなく、差押えによって原告が被る不利益は法的には決して大きいということはできない。

以上のとおり、犯罪の態様・軽重、差押え物の証拠価値・重要性、差押え物の湮滅・毀損の可能性、被差押者の受ける不利益の程度等を総合すると、要塞の差押えは、明らかにその必要性がなかった場合に該当するとして国家賠償法一条一項の適用上違法性があるということはできない。

(三) 請求原因五3(三)記載の違法事由(差押えの執行方法の違法)の有無

本件のように、捜査機関が令状を得て行う差押え、捜索の執行については、被疑者ないしその関係者の立会権は認められていない(刑訴法二二二条は、一二三条を準用していない。)から、原告の主張は、前提を欠き、失当である。なお、〈証拠〉によれば、要塞差押えの執行に際しては、松尾町役場の職員を立ち会わせたことが認められる。

三請求原因六(裁判官の令状発付の違法性)に対する判断

裁判官の職務行為につき国家賠償法一条一項が適用されるためには、司法権の独立、ひいては裁判官の独立の観点から、裁判官が違法又は不当な目的をもって裁判をしたなど、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認め得るような特別の事情があることを必要とすると解される(最高裁判所昭和五三年(オ)第六九号同昭和五七年三月一二日第二小法廷判決・民集三六巻三号三二九頁)ところ、本件各差押えは、前述したようにいずれもその必要性が認められるものであり、第一次、第二次鉄塔差押えについては、前述したようにその執行方法が違法と評価されるものではあるが、差押えの執行を具体的にどのような方法で行うかは、令状発付裁判官の審査事項ではないうえに、高梨証言によれば、警察官が令状請求に際して令状発付裁判官にした説明は、場合によっては鉄塔を溶断することがあり得るという趣旨のものにすぎないことが認められ、右事実をもって、令状発付裁判官に右にいう特別の事情があるということもできないのであって、原告の主張は失当である。

第三原告の損害

原告代表者の供述及び弁論の全趣旨によれば、本件の要塞、鉄塔等は、原告が、実行役員会でその建設を決定し、敷地の地権者からその使用権を得るとともに、建設委員会を設置し、右委員会を中心として、原告の同盟員から資金を徴収するほか、新空港建設に反対する人々から資金・労力等のカンパを受けて、建設したもので、原告のほかに本件要塞につき所有権を主張する者もおらず、原告がその所有権を有すると認められるが、前述したように、本件第一次、第二次鉄塔差押えは、その執行方法が違法と評価されるものであり、右違法な差押えの執行によって、原告がその所有にかかる鉄塔等を二度にわたって破壊されたものであるが、それによって原告が被った損害額は、右鉄塔等が原告の新空港建設反対運動のシンボルであること等の事情はあるとしても、前述したように、航空法に違反することを知りながら、公団の除去命令を無視し、あえて構築されたものであるなど、その他本件に顕れた一切の事情を考慮すれば、財産的損害の存在はこれを法的に是認するに由ないものといわざるを得ず、また、精神的損害については、右のような一切の事情を考慮すれば、本件第一次、第二次鉄塔差押えの執行によるものを合わせて五〇万円が相当であり、弁護士費用としては、その二割である一〇万円が相当である。

第四結論

よって、原告の本訴請求は、被告らのそれぞれに対し、損害六〇万円及びこれに対する不法行為日の後である昭和五三年五月二八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから、右の限度で認容し、その余は失当であるから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項を適用し、仮執行の宣言については相当でないから、これを付さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官塚原朋一 裁判官井上哲男 裁判官小出邦夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例